【第2幕】スポーツと観光 - 星野正 -

第二幕 星野正 「スポーツと観光」

勝敗に左右されない、普遍的で持続可能な地域一体型のスポーツビジネスとは何か?
スポーツ資源と観光資源、行政の融合に挑戦するさいたま市から学ぶ。

「スポーツ×観光・自治体×スポーツ×産業界のビジネスモデル」
及び実現に向けた独自の知恵(マネジメント)を学習する。

 これまで、日本の行政は1961年に制定された「スポーツ振興法」に基づいてスポーツ政策を展開してきた。そのため、ほとんどの自治体は教育委員会の中にスポーツ課が存在しており、スポーツはあくまでも「教育」として位置づけられているのが実情。他方、さいたま市はスポーツを政策局に置き、スポーツを政策的に活用していこうという姿勢を従来からしていたことが、大きな特徴として挙げられる。この背景には、さいたま市特有の状況があった。

「サッカーをまちづくりに活かす」

 旧大宮市をホームとする大宮アルディージャ、旧浦和市をホームとする浦和レッズ。各市がさいたま市に統合したことにより、1つの市に2つのJリーグチームが存在する日本で唯一の都市になったのである。サッカーによってもたらされる経済効果の試算をし、それに見合う投資を行っていく、そうすることでヒト・モノ・カネが流れる仕組みを作っていた。

 清水現市長が、サッカーだけでなく、ウォーキングやマラソン・サイクリングなど広くスポーツを活用して総合的な街づくりを図っていくことを市長選挙のマニフェストに掲げたことも、さいたま市が更にスポーツを活用した地域経済活性化へ乗り出すきっかけとなった。 また、「スポーツ振興法」が49年ぶりに「スポーツ基本法」へ改定されたこと、それに伴い、さいたま市スポーツ振興まちづくり条例が稀に見る速さで策定されたことが重なり、国内初のスポーツコミッションがさいたま市に設立された。

 さいたまスポーツコミッションとは、さいたま市及びその周辺地域にあるスポーツ資源や特徴ある観光資源を最大活用し、各種競技大会等、スポーツ関連イベントの誘致を通じて地域経済の活性化を図ることを目的に組織された団体である。 「さいたま市における新たなスポーツ観光市場の創造」を使命とし、スポーツから発信する観光という、これまでにあまり例を見ない視点で考えていることも特徴といえる。

 このさいたまスポーツコミッションは、大きく2つの目標を掲げている。
○ 大きな大会を誘致・開催する。
○ 誘致した大会・開催したイベントをワンストップでサポートする。

 これらの実現に向けた戦略を練るうえで、さいたま市はSWOT分析を行い、強み・弱みを洗い出した。策定メンバーが出した戦略方針は3つに集約される。
1 サッカーを軸に特定競技のメッカ作りを行う。
2 ターゲットを明確にした大会誘致を行う。
特に、経済波及効果の高いジュニアやシニアの大会誘致。
3 市内の自然や都市環境を活かしたスポーツイベントの開催・定着を目指す。

 しかしながら、戦略策定メンバーは全員さいたま市民だったため、新しい視点を探るため本講座受講者にもグループ毎にSWOT分析を実施する時間を設けた。
様々な意見が出る中で星野氏が注目した“強み”は、ずばり「土地がある」。さいたま市にはまだ未利用地が残るイメージがあり、工夫次第でスポーツをする環境を作れるのではないかという意見。「さいたま市に在住しているとそのような感覚がなかった」と星野氏から感想述べられたように、外から見たもの、内から考えるもので相違があったことこそ重要なキーワードなのかもしれない。
一方、“弱み”にあげられたのは、「ネームバリューがない、ださい」という意見。埼玉をアピールする埼玉在住の人が少ないように感じているというものだ。この意見を解決する一つの手段がさいたまスポーツコミッションだということを、星野氏は「さいたま市をブランディング化させて地元愛を定着させることがスポーツにはできる」という言葉に置き換え表現していた。

スポーツの「価値向上」を目指して

 さいたまスポーツコミッションは、スポーツの振興とスポーツでの地域活性化を現実的な目標にしているが、もっと上位の目的は「スポーツの価値向上」を目指している。

 スポーツはまだまだ教育的要素が強い。従って、スポーツでお金が動くことに嫌悪感があるのが現実であり、スポーツを1つの産業としてみるに至っていない状況がある。そこにあえて目をつけ、スポーツを活用した地域活性化、街のブランディング、スポーツ業界にヒト・モノ・カネが流れる仕組みを作り新たな分野のマーケットを埼玉発で広げていこう。それが 大きな理念であり目的だという。
 あくまでも、さいたまスポーツコミッションは一人勝ちではなく、見本になりたいと語る星野氏。さいたま市を見習うことで、全国でスポーツコミッションができあがり、財政面でスポーツが資源だということに気づき、スポーツに投資をするという(仕組み)流れを作る未来像を描いている。それには、条例や計画にいかに時間をかけないか、アクションを起こすまでのスピードを重視する。

勇者の言葉

 「今ある景色は誰にでも見える。スポーツコミッションという新たな景色の向こう側をみんなで見よう!失敗するかもしれない、しかし、やらないのも一つのリスク、全力で走ることで成功に向けて動いてみよう」


 星野氏の、ひいては さいたまスポーツコミッションのスローガンといえるこの言葉に、これまでの行政にはない積極的に挑戦する意欲と実行への意志が表れている。

塾長通電

 第二回星野氏の講座では、勝敗で価値の高低が決まる尺度ではなくスポーツの普遍的価値で新しい価値を創造していく(特に「観光」)際のモデル、それも自治体主導という珍しいモデルが拝見できたのではないでしょうか?星野氏をお呼びした趣旨にも繋がりますが、本第二回講座では以下のことがポイントでした。?

(1)自治体がスポーツを教育の枠組みだけでなく、産業の枠組みで捉え、具体的に「動いて」、「カタチにした」先進事例であること。
 全国の自治体が教育との掛け合わせでしかスポーツの価値を顕在化できない中(いわゆる教育委員会スポーツ振興課)、人・モノ・カネを活性化し、経営資源をアクティブに回していくコンテンツとして捉え、実際に実行したことはとても貴重です。国がようやく重い腰を挙げてスポーツ基本法を創りましたが、これはもう10年以上も前から叫ばれていたことであり、スポーツ庁設置に至ってはその道のりはまだはるか彼方といった現状です。
今回の流れこそ「地域から行政を変える」の生きた証明でした。

(2)観光でスポーツを!ではなくスポーツで観光資源を創造!
 地元観光資源を活性化する為、あるいは地元スポーツを活性化する為にスポーツを用いるケースは多々ありますが、さいたま市は逆に、地元観光資源の乏しさの一方でこれまでサッカーの町として醸成してきたスポーツ熱の高さ(これには市民のスポーツ実施度、競技団体の元気度、人脈、ボランティア意欲等目に見えない価値があり、簡単には構築できない)というソフト面とW杯を通じて建設されてきた豊富な施設というハード面の双方が存在していた。
まさに地元資源の弱みを克服してあまりある強みをブラッシュアップしようとする真の地域活性化であり、そこにスポーツの価値が大きなプレゼンスを発揮していた。

(3)流行りの「観戦型スポーツ」だけでなく、「スポーツ普及」奨励を産業にしていくことへの挑戦
 トッププロスポーツ事業の誘致開催はいうまでもなく、大きな影響力を持つ。しかし、ビッグイベントを早々定期的に誘致できるわけではなく、その効果は非常に不安定である。観戦も支援も全ては「スポーツをする人」の存在が大前提であり、必須条件である。小さなイベントから大きなイベントまで、レクレーションからトップまで様々なスポーツ活動を活性化していくことへ投資していく取り組みは、する選手や参加者だけではなく、プロモーターの意欲もアクティベートし、まさに第二のスポーツコミッション設立にも繋がる流れになるのではないだろうか。

 さいたまスポーツコミッションの成功は、全国の競技団体、地方協会、スポーツ振興行政組織、産業界へ大きな変革の方法論を提示することになる。鍵は、成功に導ける人材の確保であると思う。現在推進職員は星野氏を含めまだ4人。  あらゆる業界とネットワークを有し、行動力と調整力を持つ一方でスポーツの価値とスポーツナレッジを兼ね備えた経験豊富な人材が必要である。いわゆるGMというやつだ。こうした人材は、正直こうした事例においてだけではなく、まさに球団経営含めスポーツをマネジメントし、新しい価値を創造していかなくてはならないあらゆる現場・業界でいま最も必要とされる人材である。

勇者の鼓動 塾長 松田裕雄

講師プロフィール

■プロフィール
星野 正(ほしの まさし)
1961年4月8日生まれ。
浦和南高等学校卒/東洋大学卒。
さいたま市役所職員。

市職員として、主にスポーツに関わる施策の企画立案及び推進を担当。
2011年4月より、国内では本格的な先行事例がないスポーツコミッションの立ち上げに向け、 統括責任者として社団法人さいたま観光コンベンションビューローに派遣。