【第3幕】スポーツとマネジメント3.0 - 中村考昭 -

第三幕 中村考昭 「スポーツとマネジメント3.0」

スポーツを最大価値化する「マネジメント3.0」がスポーツビジネスと結び付いた時、
M&Aは360度方位型ビジネスを生み出す。
その頂きに果敢に挑戦する成長企業、ゼビオ株式会社に学ぶ

[1] 「スポーツ×マネジメント3.0」を実現する360度方位型ビジネスモデル(知識)とその為の方法論・マネジメント(知恵)を学習する。

1. ゼビオ株式会社の理念と取り組みを学習し、コングロマリット構想内主軸4領域を知る。

 1962年いわきの紳士服専門店として始まったゼビオグループ(以下「XG」)。現在(2011年3月末)では、従業員数5863名、グループ会社14社、店舗数467店舗、連結売上高1701億円、国内スポーツ小売業界第2位、世界スポーツ小売業界第13位の規模を誇る。更に、全店舗で年間約3000万人もの顧客がレジを通過しているほどに発展・拡大してきたXGの成長戦略は、大きくは4方向から考えられている。

1. スポーツ小売事業の拡大・発展・進化(海外出店・新商品開発・販売手法の多様化等)
2. スポーツ産業内の小売事業以外の領域(チーム経営、スポーツマーケティング事業等)への進出
3. スポーツ産業に隣接する他産業(健康・ファッション・教育等)への進出
4. スポーツが持つ社会的価値を最大化し、スポーツを通じた社会の発展に寄与する取り組み

 XGの主軸である1について中村氏はこう説明する。スポーツのショッピングモールといえるほど店舗が大型化した昨今、店舗は単純に商品を販売する箱ではなく、体感できるフィールドドームとして位置づけている。物を並べるだけでなく、実際に利用するシーンが直接的にわかるような店舗作りはXGの大きな特徴といえる。更に、日本市場だけでなく、これまで製造拠点だった中国を消費の市場として捉え、今春に上海へ進出。小売事業の更なる拡大を図っていく。
 XGはPB戦略においても際立っている。極端に言えば、店舗内の商品を全てPB商品にすると瞬間的には利益が上がるが、そのような状況が長続きしないのは明らか。スポーツはエモーショナルな取り扱いをしており、中長期的観点から見ると様々なブランドバリューを並べ、消費者がより多くの選択肢から商品を購入できる場を提供できなければ成長は見込めない。つまり、メーカーとの共存共栄が重要であると捉えており、糸メーカーと協力し「素材」のブランドを作る。その素材をメーカーに提供し、共に商品開発・展開をするという仕組みを構築している。
 更に、ビジネスモデル自体を進化させており、ゴルフパートナーのグループ化がこれにあたる。ショップインショップの形態で、新品の販売店と中古を買い取る店を並存させて循環させるビジネスモデルは、消費者が適正価格でゴルフクラブを購入できる機会を提供すると同時に、ゴルフクラブ市場の活性化にも繋がっていく。

 2にあたるのが、アイスホッケーチーム「フリーブレイズ」の経営。アイスホッケーは日本国内ではローカルスポーツの極みであり、このチームを自立経営できれば日本のプロスポーツチームはほぼ全て経営改善できるという中村氏。自立経営できているとはいえないチームを黒字化する試金石としても、フリーブレイズの経営をチャレンジする意義はある。また、2010年には経営危機に陥ったJリーグの名門である「東京ヴェルディ」との5年間の包括スポンサー契約を締結した。これによりチームの財政危機を支えるとともに、女子サッカー・下部組織・スクール・他スポーツ(バレーボール、トライアスロン)と総合的にスポーツ振興に取り組む支援を行っている。
 小売事業以外の領域としてもう1つ積極的に取り組んでいるのが「スポーツをする場の活性化」。スポーツ用品は買うことが目的ではない。使うことが目的である。使う場がなければただの押し売りになるばかりで、そこに発展はないという視点に立っているXGは、今秋 仙台にオープン予定のアリーナーや、年間100万人が利用する新横浜公園内に、無料で最新商品(シューズ、サプリメントなど)を体感してもらえるクロスポットという施設を作り、スポーツをする場・見る場を活性化している。更に2012東京マラソンのチャリティスポンサーとなり、これに連動する猪苗代湖ハーフマラソンの企画・運営も行った。東京マラソンだけが勝ち続けるのではなく、マラソン市場全体が盛り上がると同時に、スポーツが地域活性化の起爆剤にもなりえる理想のモデルケースといえる。

 次に中村氏が提示したのは、スポーツ産業の隣接産業へ進出。医療・健康産業、ファッション産業はゼビオの事業ドメインだという。怪我や病気にかかる前に、予防・強化・維持をしようとコンディショニングサポートセンター「XIASIS (ジアシス)」を運営する。また、他業種とのコラボレーションによる業態開発にも積極的である。ファッションブランド「Azul by moussy」とのコラボ業態である「AZX」は、スポーツとファッションの融合をコンセプトに独自の世界観を展開し注目を集めている。

 4つ目の成長戦略は、スポーツを通じた社会の発展に寄与する取り組みが挙げられ、一例として、2011年 秋に中国国家体育総局と業務提携を締結し、中国のスポーツ振興にも協力していることが示された。フリーブレイズの監督と選手5名を中国ナショナルチームへ派遣させ、中国のウインタースポーツの発展・拡大を、日中交流の観点から支援するという、他に例を見ないXGならではのダイナミックな取り組みで、非常に注目されている。ユナイテッドスポーツファンデーションという財団を設立し、2011年10月には、放射能の影響により外で遊ぶ機会が減ってしまった福島の子ども達のために、安心して室内で体を動かして遊べる施設「Kids Park」を福島市内にオープンさせた。

2.受講生ディスカッション
テーマ:4領域をベースとしたオリジナルのビジネスアイデアをグループで考え、発想を共有し、自らの知見を深める。


<中村氏から教示のあったXGの成長戦略を元に、各グループから提案のあったビジネスアイデア>

○スポーツに関するコンテンツを研究するシンクタンク。
○スポーツ選手のセカンドキャリア。スポーツの才能を活かせるような就職支援。
○介護事業。老人介護施設の箱を作り、ヒートクロスや速乾性の機能Tシャツ、スポーツドリンクなど介護で活用できる商品を販売。加えて、選手のセカンドキャリアとして介護士雇用の機会創出。
○教育産業。スポーツ・勉強が両立できる場を作り、優れた人材の育成・輩出事業。
○アクティブシニア層に向けた事業。平日の日中という店舗や施設の稼働率が低い時間帯に活動できるシニア層を対象にした新規コンテンツの創出。
それぞれのアイデアに対し、中村氏から意見をいただきながら事業の可能性についてディスカッションを行いスポーツ産業の新たな発想を共有した。

[2] スポーツ×競技及びビジネスを通じたキャリアモデルを学習する。

 スポーツの多面的価値を社会の価値にどう合致させて新しいモノを作れるか、これが本講座の目的であり、それを実際に作り出しているのが中村氏である。中村氏は人材サービス業からコンサル業、そこからスポーツマネジメント業、更にスポーツ小売業から360度方位の総合スポーツ商社業へと転職を重ねてきた。
 そのキャリアモデルを紐解くと、そこには幼少からの「競技スポーツ」への没頭が存在していた。大学時代まで常に部活動と勉強の両立、就職後も自ら懇願し自社の日本トップクラスチームへ入団(実業団・企業スポーツ)する等、学歴や職歴には常に競技歴がついてきた。競技歴において中村氏個人の特別な功績はない。しかし、競技におけるナレッジがビジネスシーンに大きく影響を及ぼしたという。そして最後にはスポーツでビジネスをするとはどういうことか、日本におけるスポーツの未来について熱く語った。

後記

 スポーツと勉強・ビジネスを両立することで多くの知見を蓄えた中村氏は「柔軟な発想の転換ができ、スポーツの価値とは何かを世の中に正しく伝えられる能力」がスポーツ産業発展のキーワードになると最後に締めくくった。完全な新規モデルの確立ではなくとも、従来のビジネスモデルに新しいエッセンスやアレンジを加え、スポーツの価値をお金に変換できたときスポーツ産業の領域が広がるのではないだろうか。決して大きいとは言えないスポーツ産業は、言い換えれば、拡大・発展する可能性を大いに秘めている産業である。あらゆる分野との融合を創造し、スポーツの価値を最大限に発揮するモデルこそXGの360度方位型ビジネスにあると感じた。

(文責 勇者の鼓動 僧侶 宮本佳代子)

塾長通電

 第三回 中村氏の講座では、「ヒトをアクティベート」することを核とし、様々な業種と結び付くコングロマリットな理念モデルと、「小売業」を核とした360度方位型ビジネスモデルの双方が「スポーツの価値」を介してダイナミックに展開されている様子を学習しました。
 作家ダニエルピンク氏の唱える「マネジメント3.0」の時代へ、スポーツがビジネスとして適応した最新のモデルのひとつであったと思います。スポーツ・文化の「感動価値」への深い理解、豊富な人材とシンプルで確固たる小売業としてのビジネスが確立して初めて成せるゼビオ株式会社独自のスタイルであったと思います。
 一方で、こうしたビジネスモデル、マネジメントを確立してきた、あるいはその確立に果敢に挑戦する中村氏のキャリア生成過程も貴重である。なぜならそれは、まさにスポーツ産業人育成の一モデルにも繋がるからである。
 学生時代、社会人時代と双方において常に競技としてスポーツを継続していこうとするスタイルは特徴的であったと同時に、日本本来からある「文武両道」の体現モデルのひとつであったと思う。競技としてスポーツに取り組む際、或いは遊び、レクレーションとして取り組む際にもスポーツにおける成果には常に「勝敗」がある。しかし、文化として位置付きながら、この「勝敗」という独特の特性を持つスポーツの成果をスポーツの中だけで見るのではなく、人の成長や幸せ、更にはまちや国、世界全般の成長と幸せというもう少し大きな枠組みの中から眺めてみると、その成果は、「技術の卓越」や「勝敗」を越え、人の心・体・知をアクティベートすることに繋がり、そのひとりひとりの活性化が、ひいては家族・郷土・祖国・世界をアクティベートしていく源泉になるのであろう。
 学歴を重視し、スポーツや文化活動を制限する教育機関、家庭も多々存在する等、やや有名無実化する「文武両道」という言葉。本来由来は、自らの益を投げ打ってでも世の為、人の為に尽くせるエリート人材を育成する柱にスポーツ活動は添えられていた。プロ化、商業化、産業化が如何に進もうともスポーツの原点にある普遍的価値は見失いたくないものだ。「スポーツと私」ではないが、中村氏のキャリア形成におけるスポーツとの関わり方、スポーツを通じて自らをマネジメントしていく手法、生き方には、人の育成・活性化という観点(親子・先輩後輩・上司部下等々)から大きく学ぶものがある。
 しかし、中村氏に限らず、嘗て日本の経済・スポーツの繁栄を支えてきた実業団スポーツ文化における実業団選手は、こうしたことを無意識に体現しており、そのナレッジにこそ日本スポーツの新しい未来の鍵が隠されていると私は思います。


勇者の鼓動 塾長 松田裕雄

講師プロフィール

■プロフィール
中村考昭(なかむらたかあき)
一橋大学卒

ゼビオ株式会社執行役員
Jリーグ東京ヴェルディ取締役
アジアリーグ東北フリーブレイズ代表取締役社長

リクルート、経営コンサルティング会社、スポーツマーケティング会社を経て現職。